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フランス=アフリカ関係/フランコフォニーを考えるためのブログ

   

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パリの活動家グループが上演:「カメルーン大統領選は、フランスが演出する茶番劇である」

スュルヴィ(2011年10月10日)

arton4083-ddb87.jpg2011年10月8日土曜の午後、ディアスポラ・カメルーン人連合とフランス人、アフリカ人活動家が、パリの地下鉄ポルト・ドートゥイユ駅前に集合した。カメルーン大使館の目の前である。彼らの目的は、カメルーンで行われている選挙という茶番と、29年前から続く、フランスによるカメルーン政府への支持を告発することである。
 
象徴的なことに、このデモが行われた場所は、ボロレ・グループの代表であるヴァンサン・ボロレの自宅からわずか50メートルのところでもあった。彼はニコラ・サルコジに大変近しい人物であり、鉄道や港などのインフラ建設をカメルーンで独占し、いくつものアブラヤシ・プランテーションから莫大な利益を得ている。
 
この日のデモでは、ディアスポラ・カメルーン人連合の代表者たちが、独裁政権崩壊の必要性を訴えるために発言を行った。劇の中で、スュルヴィの活動家たちは、フランス政府による選挙の支援を告発した。そこでは、今回の選挙の実態が説明され、参加者たちからは称賛の声があがった。
 
上演された内容は以下の通り。
 
・ニコラ・サルコジは、たくさんの札束がはみ出た「重要な契約書」と題された書類と引き換えに、選挙を組織し、暴動を抑える装備を整えるため公的支援を、カメルーン大統領ポール・ビヤに手渡す。

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・こん棒を持った軍人に監視され、有権者が買収される中、選挙が行われる。参加したアフリカの活動家たちはすぐさまこの選挙が茶番であることに気づき、国際選挙監視団が投票箱の前で目をつむっている間に、この芝居に積極的に参加した。

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・(部分的にこの選挙に金を出した)EUの傘に守られた監視団は投票終了後、テレビカメラを前に、そこに「わずかに不完全な点」を認めながらも、ガラス張りの選挙であったことを確認した。

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・最後に、ヴァンサン・ボロレのもとで、ポール・ビヤとニコラ・サルコジは重要な契約が交わせたことを祝い、シャンパンで乾杯した!

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カメルーンの人びとの選挙は日曜日(10月9日)に行われた(訳注:ビヤが再選された)。現在、至るところで、カメルーンにおける人びとの行動を支援し続け、選挙が茶番であることを訴え、裁判を通じて権力の暴走を警告するための運動が準備されている。
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論説:ダブル・バインド

Billets d'Afrique et d'ailleurs 204号(2011年7月)

クロード・ゲアン内務大臣――このポストは、かつてはシャルル・パスクワや、海外県・海外領土(DOM-TOM)相だったフランソワ・バロワンが務めた(訳注:現在DOM-TOM省は内務省に統合されている)――は、国籍法に対して抑えがたい欲望を感じている。今回彼は二重国籍を非難したが、今のところは徒労に終わりそうである。というのも、UMP(国民運動連合)議員の過半数の支持を得られなかったのだ。しかし、これはおそらく、左派から右派までの、ポピュリズムに踊らされやすい有権者をひきつけるための様子見であろう。
 
実際のところ、移民はフランスにとっての可能性(chance)ではないと述べた、アンドレ・ジェラン議員(共産党)の声明は憂慮すべきものである。私たちは、ドリオ(訳注:政治家。共産党を除名されてフランス人民党を結成。ナチスに協力した。1898-1945)やラヴァル(訳注:政治家。ヴィシー政権の副首相、首相として対独協力政策を進めた。1883-1945)らがいた1930年代に蔓延した空気の中にいる。当時は、ペタン政治の下で、ナショナリズムがナチスのドイツ軍への降伏に直接つながったのである。
 
訳注:2011年6月20日、ジェランはリヨン郊外のヴェニシュー市での会見において、「移民はフランスにとっての可能性(chance)ではありません。それは30年前から言われ続けてきた虚言です。」と述べた。
 
「歴史は繰り返される」。確かに、カール・マルクスはこの有名な警句を残したといわれているが、歴史は繰り返されず、足踏みしているといえる。「最初は悲劇として、二度目は笑劇として」。ゲアンが非常にたちの悪い茶番を演じていたとしても、ゼノフォビア(外国人嫌い)に満ちた文句を繰り返す喜劇の中で、彼が否定しようもないほど滑稽なのは明らかである。老いさらばえたファシズムを唱え続ける年寄りたちはといえば、ただ単にフランスの歴史を反映しているに過ぎない、新しい世代のフランス人たちを非難している。そのやり方は、嘘のでたらめな数字をでっち上げるというものでしかなく、これは、ジダーノフ(訳注:ソ連の政治家)が『Fouillis-les-Oies』(5ページ参照)の中で行ったような、全体主義的なプロパガンダをまき散らす時のやり口である。
 
粛清が流行している。「サッカー専門学校にいる、私たちの国には馴染まないフランス人を追い払わなければならない。さもないと、植民地の過去に端を発する、二重国籍という厭わしい特権を持っているらしい彼らは、それを盾に別の肌の色を擁護するだろう。そして、この特権は二重国籍を拒否しようとはしないスイスに譲り渡してしまわなければならない」という風に――二重国籍が認められるこの国は、出身国の税務署に追い回される多くの愚かな億万長者たちに逃げ場を与えている――。スイスは植民地を持たないが、実務家である。その一方でフランス帝国は、アラン・ジュペが言う(植民地、海外領土に対する)「本国」から遠く離れた場所で影響力を維持し続けている。「本国」は、最近の言い方では超周辺地域、かつては海外県と呼ばれた、相変わらず植民地であり続ける国々を混乱させ続けている。
 
国家として成立していない、これら全ての国々で奔走する高級官僚たちは時間と労力を無駄にしている。国籍付与の際に出身国を考慮に入れないという考えをバロワンは表明したが、植民地で動き回るそうした官僚たちより下の存在と見なされる(外国出身の)フランス人と、(国外で)フランスの軍隊と国庫に服従するフランス人ではない者たちをどのように区別するというのだろうか!
 
二重拘束(ダブル・バインド)から逃れたいがために、ゲアンは二重国籍に対して激しい怒りを表明している。グレゴリー・ベイトソンが提唱したダブル・バインドとは、二つの矛盾した命令を同時に与えられた者が、その矛盾を指摘することができず、しかも応答しなければならない状態を意味する。ここでのケースでは、植民地出身の移民たちに対し、一方では(彼らが)統合されることを厳命しながら、他方では、それが実際的にできないという状態である。つまり、彼の怒りは、二重国籍者の増加がもたらす状況に対するものである。
 
搾取のグローバル化と社会的排除による孤立を否が応でも被るのは、貧困に喘ぐ人びとである。果たして、ゲアンがボロレ(訳注:フランスの複合企業)に対し、ビジネスのためにフランスとアフリカのどちらかを選ばせることなどできるだろうか?
 
彼の関心はいっそう多国籍化、超国籍化しており、その上、分身のような人間たちが彼に媚びへつらっている。
 
(オディール・トブネル)

2011年7月14日:軍隊がパリを行進し、大臣たちがアフリカを行進する

スュルヴィ(2011年7月13日)

arton4037-a0677.jpg2010年7月14日、フランスはアフリカ独立50周年を臆面もなく祝福し、歴代の政権が支援してきた様々な独裁者たちの部隊をシャンゼリゼ通りで行進させた。今年は、国外に駐留しているか、他国での軍事行動に参加したことのあるフランス人兵士たちが通りを練り歩き、敬意を受ける。時を同じくして、4人の大臣たちのアフリカ視察が行われる。このツアーは、コートジボワールと実入りの良い契約を交わし、ガボンの独裁者に永遠の支援を新たに表明するためのものである。
 
コートジボワールに駐留するフランス軍は、ローラン・バグボを失墜させた襲撃事件に派手に介入したことで有名になった。しかし、国連が彼らに委任した平和と人権尊重のための活動は全く行われることがなかった。もっとも、2004年の時点で既にフランス軍は、武器を持たない群衆を攻撃し、多くの犠牲者を出したために、信頼できる平和維持軍としての自らの立場を決定的に危ういものにしていた。スュルヴィは数年前からユニコーン作戦(訳注:フランス軍による、在留外国人の撤退を支援する作戦)を行う部隊の撤退を要求している。先日、サルコジ大統領が「コートジボワールでの軍事的プレゼンスを常に」維持し続けると断言したところではあるが、およそ10年前から行われているユニコーン作戦の役割は、議員調査委員会によって検討されなければならない。従って、スュルヴィはパトリック・ブラウエゼック(Patrick Braouezec)国民議会議員(訳注:GDR/左翼民主・共和主義所属)が、7月12日火曜日にこの点を要求したことを支持したい。
 
同じ日、議会はリビアにおけるフランス軍の活動の継続を議決していた。これまでの4ヶ月間の国外軍事行動とは異なり、今回からの決定は、議会での承認を必要とする憲法に従うことになる。スュルヴィはあらためて次の点を確認したい。まず、今日でもなおエリゼ宮(大統領官邸)だけの縄張りとなっているフランスの軍事行動は、完全に議会の管理下におかれる必要性がある。そして、フランスの議員たちに対し、ニコラ・サルコジによる極端な軍事介入主義に反対するよう厳命する。アフリカでは、2011年の初めから、コートジボワール、リビア、そしてサヘル地方(訳注:セネガルからスーダンにいたる西アフリカの地方)の国々にフランス軍が介入している。表向きには、テロとの戦いという口実の下での再軍備であるが、それは、資源のより良い管理を保障させるものである。
 
何人ものフランスの閣僚たちが、シャンゼリゼ通りではない場所で行われる行進に参加するのは明らかにそのためである。今回それは、7月14日から17日までの間に、アフリカの国々で行われる。実際のところ、フランソワ・フィヨン(訳注:首相)、アンリ・ド・ランクール(訳注:協力担当大臣)、ピエール・ルルーシュ(訳注:貿易担当大臣)、ダビド・ドゥイエ(訳注:在外フランス人担当大臣)たちのコートジボワール、ガーナ、およびガボン訪問は、フランスの大企業(MEDEF〔訳注:「フランス企業運動」←日本の経団連に相当〕およびCIAN〔訳注:「アフリカにおける投資家評議会」←フランスのシンクタンク〕の引率の下、アルストム社、ルジエ〔Rougier〕社、BNP・パリバ、トゥトン〔Touton〕社、セモワ〔Cémoi〕社、ボロレ・アフリカ・ロジスティック〔Bolloré Africa Logistics〕社、NCT/ネコトラン〔Necotrans〕社、トタル〔Total〕グループ、ラフォン〔Lafon〕社、テクニップ〔Technip〕社が参加)(注:『レットル・デュ・コンティナン(大陸通信)』、2011年7月12日号より)の経営者たちを同伴することになっている。
 
訳注:アルストム社:重電メーカー、ルジエ社:材木伐採業、BNPパリバ:大手金融機関、トゥトン社:プランテーション業、セモワ社:チョコレートメーカー、ボロレ・アフリカ・ロジスティック社:物流業、NCT/ネコトラン社:物流業、トタルグループ:石油エネルギー業、ラフォン社:石油エネルギー業、テクニップ社:石油エネルギー業
 
ニコラ・サルコジが、5月21日のポール・ブエ(訳注:アビジャン市内にある町)での演説で表明したように、コートジボワールでは、フランス企業の基盤をよりいっそう固めることと、専ら私企業を支援するAFD(フランス開発庁)による低利貸付および保証システムを完成させることが目的である。
 
ガボンでは、「不正蓄財」事件の裁判が行われているにもかかわらず、フランス政府は「不正な形で築かれた政権」の主要な助言者であり続け、チュニジアのベン=アリー以上に信頼できない政権の正当性を探し続けている。ガボンのお気に入りたちが6月9日にアメリカを訪問した際、フランス政府はホワイトハウスに対する不安に苦しんでいたことだろう…(注:ホワイトハウスでの記者会見が6月8日に行われた)。しかし、フランスにおいて、ガボンの体制が再検討されることはない。このことは、エルフ(訳注:Elf、トタル社のブランド名)事件で明らかになったように、とりわけ、ガボンを経由する諸政党からの金の流れに、長い歴史があることを意味している。最近では、2011年1月にウィキリークスによってアメリカ政府の公電が公表され、ボンゴ(訳注:ガボン大統領)一族とフランスの諸政党のために、中部アフリカ諸国銀行(BEAC)からおよそ2800万ユーロが不正流用された可能性が指摘されている。この公電によると、それに加え、さらに5億ユーロがBEACからソシエテ・ジェネラル(訳注:フランスの大手金融機関)に流れたとみられている。この金額は、ケルヴィエル事件(訳注:2008年1月に発覚した、ソシエテ・ジェネラル所属ディーラーのジェローム・ケルヴィエルによる不正取引事件。損失額は約49億ユーロとみられている)での損失を埋めるには十分過ぎるほどのもうけ物である。
 
数か月間にわたって行われるガボンでの国民議会議員選挙に際し、スュルヴィはフランス政府に対して、政策の刷新を行うことを要求するとともに、人権の擁護と民主主義の確立のために尽力する、アフリカの民主主義者たちと市民社会を支援する。
 
この「国祭日」におけるフランス政府の行動は、非常に象徴的である。彼らが新(しい)植民地の軍隊に敬意を表する間、経営者と大臣たちは、コートジボワールの新しい友人やボンゴ一族との饗宴に向かうだろう。アフリカの人びとはといえば、いつものように、宴からは遠ざけられ、フランスによって武装化され、支援された政権に監視されている。

ワッドに共感する者はいない

Billets d'Afrique et d'ailleurs 202号(2011年5月)

「セネガルがロシアと交渉をすすめていた、セネガル川または海上での原子力発電所の建設計画を断念しました」。
 
先日開催された第4回「アフリカにおける再生可能エネルギー・環境国際見本市」で、セネガル大統領アブドゥライ・ワッドはこう宣言した。過去を思い返してみると、彼の言葉を不安な気持ちで受け止めざるを得ない。
 
「福島での事故を受け、[中略]原子力を公式に放棄します」と彼は付け加え、アフリカ連合(AU)に対し、2つの決議を次のように提案した。「第一の決議案は、アフリカを原子力利用ゼロ地帯にするためのものです。第二の決議案は、アフリカの人びとが原子力の開発を放棄し、太陽エネルギーを私たちの国々に導入するためのものです」。
 
私たちはとにかくワッドの認識とイニシアティブを称賛し、それが広がることを願いたい。たとえこうした動きが、原子力のセールスマンであるニコラ・サルコジに逆らうものであってもである。ナイジェリアからエジプトまで、大陸全土にわたり、民間の原子力発電所を売り込みたいとサルコジは考えている。

論説:推定被害者

Billets d'Afrique et d'ailleurs 203号(2011年6月)

フランスのジャーナリズムは最近、「推定被害者」なる新しい権利を発明した。ネット上の至るところに見られるこの表現は、ドミニク・ストロス=カーンの事件(訳注:2011年5月、宿泊していたニューヨークのホテルの女性従業員に対する強姦未遂等の疑いで逮捕された事件。ストロス=カーンはIMF専務理事辞任に追い込まれた。)以前には一度も使われたことがなかった。私たちの目的はこの事件についてとやかく言うことではなく――常に分別をもって行動したいと思う――、ただ単に、この奇妙な言語の創造に関して良く考えることだけである。

17927136.jpg確かなことは、裁判所で有罪を宣告される以前に、誰かを罪のある者と名指すことを禁止するための、推定無罪の原則があるということである。しかし、この原則に対する違反は非常に多く行われており、その中には良く知られたケースもある。クリアストリーム事件(訳注:ルクセンブルクのクリアストリーム銀行に隠し口座を保有して、武器売却の手数料を不正に受け取ったとする人物のリストなど、23ページにおよぶ文書をめぐる事件。)で尋問を受けたニコラ・サルコジは、2009年9月に公の場で次のように述べた。「2年間の調査を経て、犯人は軽罪裁判所に起訴されるべき人物だった、と2人の独立裁判官が裁決を下しました」。被害者という地位は疑われることが全くないのである。犯罪の統計調査でも、単純に被害者のことだけが語られる。
 
もっとも、虚偽の訴えが為されるというケースもあるのだが、そうした事があるからといって、推定被害者について議論することを可能にしてしまうような、事実に基づかない嫌疑を防ぐためのルール作りに発展するかといえばそうではない。2004年7月、RER(訳注:首都圏高速交通網)のD線で起きたマリー・ルブラン事件に熱狂したメディアは、あらゆる陣営の政治指導者たちから怒号に満ちたコメントを引き出し、民族的な属性から犯人と名指された人びとに対するレイシズムの嵐を引き起こしたのだった。
 
つまり、2種類の被害者が存在しているのである。良き被害者は、極端なまでにその受難ぶりがメディアに載せられ、悪しき被害者は、残念なことに、道徳的な人間としての評判が汚されることになる。こうして私たちは、コートジボワールのアビジャンにあるノボテル(訳注:フランスに拠点を置くアコーホテルズのホテル・チェーン)で、4月4日に2人のフランス人が行方不明になった――ニュース番組では常にこのように伝えられている――事件の調査の進展をテレビで知らされている。うち一人の遺体が最近発見された。フランスの予審判事が間もなく現地に赴くだろう。
 
コートジボワール司法相は「誘拐事件の関係者と見られる何人かの人物を捕らえました。」と述べた。彼らが都合の良いように自供させられることは容易に想像できる。その一方で、4月1日にヤムスクロ(訳注:コートジボワールの首都)のホテルの一室で、フィリップ・レモンというフランス人教授が暗殺された事件に関しては、調査も裁判も行われず、政府声明が出されることもなく、もちろん、テレビでは全く報道されない。現地に赴いたフランス当局の関係者は、流れ弾に当たった、つまり事故であると口先だけで説明し、被害者の身元については口をつぐんでいる。それもそのはずである。フィリップ・レモンはバグボ大統領の支持者として有名だった。彼は脅迫を受けており、身を隠していたのだった。
 
パリの外務省は、この死亡したフランス市民に関する情報をまだ調べているところである。最近の専門用語に従えば、彼もおそらく推定被害者ということになる。「被害者」(victime)という言葉をめぐっては、既に以前から流行りの言葉遣いとして多くの使い方が為されてきており、支配者集団にとってあまり好ましくなかった歴史的出来事の中で、それはタブーと見なされていた。こうして、「生贄(にすること)」(victimisation)や「生贄合戦」(compétition victimaire)という言葉が、メディアに登場する口達者な人間による威圧的な発言によってあちこちで使われことになる。彼らは、アフリカ人たちの長く苦しい苦難に思いを馳せることを公然と非難する。数世紀にわたりアメリカ大陸に強制的に移送させられる中で、大西洋やプランテーションで命を落としたアフリカ人たちの苦難、また、アフリカに残り、強制労働によって皆殺しにされる運命を強いられたアフリカ人たちの苦難をである。
 
同様に、「犯人」という言葉もタブーである。世界中に道徳的な説教を自慢げに垂れる人びとは、単なるマゾヒズムを主張したパスカル・ブリュックネール(訳注:フランスの作家・評論家)のような人物を除いて(訳注:ブリュックネールは、ポスト・コロニアルをめぐる議論の中で、過去の罪や恥にこだわるヨーロッパの状況を、西欧マゾヒズムとして批判した)、いかなる犯人(非難されるべき者)にもなり得ない。従って、彼らが人びとに善事を押しつけるために犯しているあらゆる罪に対しては、黙秘の掟が行使されなければならないのである。
 
それでもなお、有害な雑音が生まれるとすれば、そこには、副次的被害、推定被害者、流れ弾といった、婉曲的であったり、懐疑的であったり、否認するような言い回しが大量に積み重ねられているということである。
 
(オディール・トブネル)

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フランス=アフリカ問題に取り組む、フランスの市民団体 Survie(スュルヴィ)の情報を日本語で発信しています◎不定期更新

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