フランス語の振興に関する公的な言説の中でもそうだが、こうした仕事が与えられた機構や省庁、組織、ネットワークの制度的な積み重なりの中でも、「小文字のf」のフランコフォニー(訳注:辞書的な意味は「フランス語圏」)、即ち言語と文化が想定されたプロジェクトと、「大文字のF」のフランコフォニー、即ち明らかに政治的でその上(後に見るように)軍事的なプロジェクトとが常に混同されている。ごちゃまぜになりやすいその曖昧さがあまりに明らかなために、フランス政府やその同盟国によって推進される2つのフランコフォニーは、世界におけるフランスの影響力や、アフリカにおけるフランスの新植民地主義を支える旗手となっている。
以前とは別のやり方で行われるこうした勢力戦争の継続は、とりわけ国際フランコフォニー機構(大文字のF)によって具体化されている。1970年にはただのACCT(文化技術協力機構)だった組織は、担当大臣の任命、憲章の採択、絶え間ない拡大とともに、サミットからサミットへと政治的に囲い込まれながらその姿を変えた。その拡大は、時にフランス語話者がほとんどいないが、真の文化的、言語的交流の道具ではなく、政治的連帯の空間である、フランス語圏の国家元首たちの同好会に加わりたいと心の底から望む国々も含む。
2000年のバマコ宣言に倣って民主主義の擁護についての文言が採択されたにもかかわらず、OIFは確かにこれまでずっと、しかるべき地位にある独裁者たちの強化を支えてきた。そこでは、独裁者たちのいるブラザヴィルやワガドゥグー(訳注:ブルキナファソの首都)でサミットが開催され、いくつかの選挙を「監視する」ための甘すぎる代表団が派遣され(彼らの口煩さのせいで、約20年の間に160回行われた任務はほとんど報道されなかった)、政治的に孤立した英語圏の独裁者たちを仲間に入れた(サニ・アバチャ体制下のナイジェリアなど。最近では例えばスーダンが加入を願い出た)。
平和のファクター?
5月6日と7日にIRIS(国際戦略関係研究所)主催で行われた「フランコフォニーの未来」に関するシンポジウムの参加者によると、OIFの活動のあまり知られていない側面の一つに、この機構のために段々と戦略的な分野となった、最近流行りの不明瞭な概念、「紛争の予防」があるという。確かに、この外交的かつ大学的なパーティーのプログラムの中で、「OIF、新しい紛争予防の道具」(クエスチョン・マークがない、確実にOIFが一枚噛んでいる)と題された全体会があった。このタイトルは、議論の場でまとめあげるひとつのヴィジョンという意味合いをこえて、フランス政府やCEDEAO(西アフリカ諸国経済共同体)、OIF、さらには平和のベクトルと見なされた国連、(言語的な意味での)フランコフォニー(訳注:小文字のf)、(政治的な意味での)フランコフォニー(訳注:大文字のF)の、より高い層にいる人々のところで共有されているように思われる。
この概念は、2006年5月にOIFが採択したサン・ボニファス宣言に含まれている。実際、そこでは次のように明言されている。「バマコ宣言で予告されていたように、国際フランコフォニー機構にはその能力の最良の活用法として、予防対策を強化するための意思がある。それは、監視、早期警報、予防外交、危機管理、平和への移行と強化を同時に行うことを通じて、またさらに、国際機関や地域機関との戦略的かつ合理的協力の枠内で、その特殊な役割を十分に果たすことを可能にする。」
戦闘服を着た外交員
軍事的側面に関して言うと、驚くべきことではないが、フランコフォニー(訳注:小文字のf)の擁護はフランスによって行われ、それは公式に軍人たちにフランス語を教育することである。このプロジェクトは、軍事協力プログラムだけが結ばれているタンザニアやジンバブエのような国々を含む、世界75カ国で実施されている。もはや国防相ではなく外務省が統轄しているこの対外援助は、ODA(政府開発援助)の力を借り、毎年3000人のフランス語研修生を育成している。実際のところ、フランスの戦闘教義の教育や、フランス製の武器のカタログ配布を受ける前の、辞書を手にした斥候を(時に戦闘服を着た)教授たちの宿舎に派遣することよりも、またとりわけ、(国連の活動の一環としての、あるいはRECAMP(平和維持力強化)計画の下での)戦場での共同展開の際に非常に有効な、統一の軍服を着た参謀部の人々の中で緊密な関係を長期的に築くことよりも「罪のない」ものがあるだろうか?
このシステムを統轄し、いくつものアフリカの国々に設置された、各地域の状況に対応する14校の士官学校(バマコの平和維持学校――まもなくカメルーンにも設置される――やベナンの地雷除去学校など)を支援しているのは、外務省の軍事防衛協力局長のエマニュエル・ベス将軍である。IRISでのシンポジウムの討論会で、彼はあまりに「マニ教化した」英語を前に、平和維持のための特権的な仕事道具としてフランス語を擁護しながら、こうした軍事的フランコフォニー(訳注:小文字のf)の地位向上を正当化していた。ファショダ事件が思い出される……。
フランス語圏の負担
フランスのこうしたヴィジョンは、それがもしアフリカの大切な士官たちからも擁護されていなかったなら、IRISでのシンポジウムの聴衆のひとりがベス将軍に「フランス語で殴られようが、英語で殴られようが、アラビア語だろうがバンバラ語だろうが全て同じでした」と反論した時のように、苦笑いすることになるだろう。同じシンポジウムの中で、MONUC(国連コンゴ民主共和国ミッション)司令官のガイ将軍も、予防と平和維持活動という意味合いをこれまで以上に含むフランコフォニー(訳注:大文字のF)の概念を擁護した。彼はまた、多国間活動の枠組みで、フランス語圏で展開するいくつかの部隊へのOIFによる財政援助を提案し、憲兵という(非常に「フランス的な」)概念を国際的なプランの下で展開する必要性を主張し、軍事レヴェルでのフランコフォニー(訳注:小文字のf)の擁護をすすめる軍幹部を養成するためのマスター(Master)の創設を提案した。CEDEAOの早期警報システム局長のコネ大佐はさらに過激である。彼は軍事・外交面に関する「王権的な」国際的正当性が無くとも、OIFがEUやアメリカ合衆国と同じ資格で、(CEDEAOの本部がある)アブジャ(訳注:ナイジェリアの首都)常駐の代表者を持つよう提案した。
大学教員や作家たちにとってのフランコフォニー(訳注:小文字のf)の対極に、その輪郭と意図が不確かな、(フランス語圏かどうかに無関係な)多国間的な枠組みでのフランスの軍事協力の拡大計画がある。それは、国連やヨーロッパ(欧州連合部隊:Eufor)の多国間主義あるいはRECAMPのような特別措置を補う形で、今回はフランコフォニー(訳注:大文字のF)という外装(偽装?)とともに形をなしてきている。
その文化的、経済的側面を越えて、いずれフランコフォニー(訳注:大文字のF)は、あらゆる軍事協力手段を展開したいという意思によって支えられる、現地での共通の教育、設備、活動指揮を持つNATOを見本にした軍事的連帯組織のようなものになり得るのだろうか?
平和と治安維持という名目で(チャド、ルワンダ、中央アフリカで)フランスが展開してきた軍事介入と軍事「協力」の歴史を参照すれば、(大文字のFによって)非常な恐怖を与える理由が見えてくるだろう。
(ピエール・ローマン)