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フランス=アフリカ関係/フランコフォニーを考えるためのブログ

   
カテゴリー「『フランサフリックからマフィアフリックへ』」の記事一覧

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『フランスサフリックからマフィアフリックへ』②

De la Françafrique à la Mafiafrique
(2004年10月1日、フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ著)

 では、フランサフリックから始めたいと思いますが、二、三の前置きがあります。お話しするいくつかの事柄は、皆さんには信じられないものに見えるでしょう。けれどそれらは事実です。私たちは10年間それらを見、信じてきました。そこには視点の問題があります。私たちが普段見ることのない事柄です。実に単純なことですが、それはフランサフリックが専らエリゼ宮(大統領府)の中にだけにあるからです。つまりそれが、多くの情報操作や情報欠如がある、ほぼ軍事的な領域にあるということです。これらの事柄を細かく見始めると、アフリカでのフランスの役割を伝えるメディアのやり方と、そこで現実に為されていることとの間に見える違いは驚くべきものです。それは信じられないものですが真実です。これらの問題に関して、アフリカ大陸全土を通じたフランサフリックについて語った『黒い沈黙(Noir silence)』(1500の注釈と約1万の事件から成る600ページの著)を刊行した際、私はアフリカの3人の独裁者、即ちチャドのデビィ、コンゴのサスー、ガボンのボンゴから、国家元首に対する侮辱を理由に告訴されました。国家元首に対する犯罪というのは、実際のところ昔で言う大逆罪です。つまり、前もって有罪を宣告されたようなものです。かつては、国家元首に対する侮辱が裁かれる場合、どんな人も絶対に有罪を逃れられませんでした。ところが、私たちは一審と二審でそれに勝利し、彼らは上告を諦めます。3人の独裁者の犠牲者たちがもたらした証言全てが、有罪判決を不可能にしたのです。そして、法廷は私が書いた事柄は根拠ある調査の結果であったと言明しました。
 
 二つ目の前置きは、フランサフリックと私が呼ぶものの中で、とりわけフランスの責任についてお話します。何故なら、それはあまり知られていません。アフリカにおけるフランスの役割がもたらす非常に多くの利益などと言いますが、これからお話するように、フランサフリックは明らかにフランス人とアフリカ人によるものです。それはフランス人とアフリカ人との協同組織です。もちろん、これから説明する統治・略奪システムの中には、重要な役割を演じるアフリカ人たちが存在します。皆さんはアフリカ人の責任者たちの多くの悪事について耳にする機会があり、既によくご存知でしょう。

 さて、そのフランサフリックの歴史とは何でしょうか? それはどこから始まるのでしょう? そして、フランス人たちはそこにどうやって転がり込んだのでしょうか? 私はアフリカと西洋、フランスの全歴史を繰り返したり、3・4世紀からの奴隷制や、19世紀以来の植民地主義を想起したりするつもりはありません。60年だけ遡りましょう。第二次世界大戦後、自由のための人々の行動、即ち脱植民地化と呼ばれる現象が起こります。それは、悲劇的な抵抗運動の試みによって、インドシナ戦争やアルジェリア戦争、次いでアメリカがフランスの後を引き継いだヴェトナムでの戦争のように、次から次へと行われました。さて、こうした歴史的変動は、1958年のアルジェリア戦争の最中政権に復帰し、サハラ砂漠南部のフランス植民地に対して公式に独立を認めたド・ゴールを退陣に追い込みます。それはつまり、国際的な新しい合法性が宣言されたということです。同時に、ド・ゴールは彼の右腕、つまり黒幕のジャック・フォカール――ド・ゴール派、闇資金提供者、秘密情報機関の代表――に、それとはちょうど反対のこと、即ち従属関係の維持を命じます。これがフランサフリックの出発点です。つまり、例えば皆さんが一方では独立という、また他方では従属関係を維持したいと望むような、新しい国際的合法性を持とうと思っても、それは違法です。従って、皆さんは隠された、恥ずべき、秘密裏の方策でしか、それを作ることができません。フランサフリック、それは氷山のようなものです。皆さんは海面に頭を出した氷山の天辺を見ています。それはアフリカの友好国としてのフランス、人権の専門家としてのフランス、などといったものです。しかし、実際そこには闇に沈んだ90%の関係、即ちアフリカにおける、アフリカの同盟国を伴った、フランスによる支配維持のメカニズムの集合があります。この事は後に詳しく説明します。
 
 どうして、フランスからの独立のためにアフリカ人たちの独立を犠牲にするド・ゴールのこうした選択があるのでしょうか? そこには4つの理由があります。一つ目は、お得意の顧客国を従えるフランスと国連とのつながりです。二つ目は、石油やウランといった戦略的な一次資源、あるいは森林やカカオといった実入りの良い一次資源へのアクセスです。三つ目は、フランスの政治生命の中でかつてない程の規模の出資・融資があります。それは、公的開発援助や一次資源の販売における搾取を通じて、まず初めにド・ゴール主義者たちから、次いで政府と呼ばれる党派の集合によって為されています。そして四つ目は、少し後になってから突き止めたことですが、同じくとても今日的なものです。即ち、ソ連に対抗する反共産主義圏であるフランス語圏アフリカを維持するための、冷戦におけるアメリカの下請けとしてのフランスの役割です。従って、この四つの理由のために、独立を否認するシステムがそこに置かれます。そして、フランスの人々が巻き込まれているのはその点においてです。何故ならば、アルジェリア戦争終結の後、1962年に国民投票によって「過去の植民地化の歴史を、数世紀にわたる支配を、アフリカに対する軽蔑を忘れ、新たな時代を迎えたいか?」と問われた時、フランス人たちの80%がウイ(はい)に投票しました。それはつまり、「ウイ、私たちは卑劣な行為をしたが、それを終わらせなければならない。私たちは新たな時代を迎え、それらの国々を独立国として扱いたい」という意味です。ところが、これからお話するように、そこには新植民地システムだけでなく、新植民地主義の滑稽な模倣物がつくられました。
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『フランサフリックからマフィアフリックへ』①

De la Françafrique à la Mafiafrique
(2004年10月1日、フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ著)

※ 以下の本文は、2003年12月3日、l’espace Renaudie d’Aubervilliers(セーヌ・サン・ドニ県)に於いて、200人の教員及び研修中の講師を前にして行われた講演会と討論会の模様を、ジュディット・シペルがテクストに起こしたものである。
 
 この講演のテーマをお話する前に、簡単に自己紹介をしたいと思います。私は1984年から、126人のノーベル賞作家たちの呼びかけによって創設された、「シュルヴィ(Surivie)」という組織で活動しています。彼らは、世界の飢餓や貧困と戦う問題は、単にチャリティーだけでなく、集団行動の問題であると述べました。ところで、集団行動とは一体何でしょうか? それは政治的な決断です。従って、私たちは10年間、フランス人たちの寛大さ、つまり発展・開発のための公的援助――それは当時の約400億フランに相当していました――を、人々を苦痛や餓え、極度の貧困から解放する為に本当に役立つ、少しは目的を持ったものにするために戦ってきました。私たちは混交するあらゆる派閥を越え、この公的援助を根底的に変えるための法律を廃案にした議員たちの4分の3をひとりひとり説得しました。しかし、この法律は多くの支持者がいたにも関わらず――そこには、自分たちが納めた税金がそれでも何かの役に立ってほしいと願う、1部・2部リーグ所属のフランス人サッカー選手も含まれていました――、決して議事日程に上ることはありませんでした。そして、私たちは少しずつ、この問題の中にその存在を認めていた贈収賄行為が、周辺的ではなく中心的なものであることに、そして、このフランス=アフリカ関係の後ろには、全く以って信じられない経済的犯罪があったことに気が付きました。
 
 1994年、フランスの支援によってルワンダでジェノサイド――恐ろしい状況の中で、3ヶ月の間に100万人が殺されました――が行われ、次いで国内南部で大量の人々を虐殺し、飢餓に導いたスーダン政権を支持するザイールで独裁者モブツが復権し、そのことによって私たちはこの経済的犯罪が、想像を絶するような政治的犯罪も兼ね備えていることに気が付きました。そして当時、全ての事実を前に――解決には10年は必要だと考えていました――、私たちは沈黙することができませんでした。なぜなら、医療の基本原則、つまりヒポクラテスの誓いは、治療を始める以前に「何よりもまず傷つけないこと」だからです。ところが、皆さんもご存知のように、私が「フランサフリック」と呼び、新植民地主義の馬鹿げた模倣であるところのこのフランス=アフリカ関係は、実に有害な政策です。
 
 従って、まずみなさんにお話するのは、独立以降のフランス=アフリカ関係、つまりこのフランサフリックなるものについてです。そして、その誕生や働きについて、いくつかの時期を飛ばしながら述べたいと思います。というのも、そうしなければ時間が余りにかかってしまうからです。全てを語ることは、私たちが刊行した夥しいページに及ぶ書物や資料を語ることを意味します。次に、私たちがフランサフリックからマフィアフリックへの移行期と呼ぶ、フランス=アフリカ関係の今日的進展についてお伝えします。それはつまり、この犯罪的関係の一種のグローバル化です。従って、私は財政的犯罪のグローバル化についてお話します。そして最後に、これまでの歴史の中で私たちが国家的規模で公共の利益を築き上げてきたという記憶をもっていること、また今日、そこには我々が望む空想的でない一つの解決策、即ち地球規模での公共の利益の構築しかないということを証明しながら、とてもポジティブな考察で講演を終えたいと思います。しかし実際には、現存する公共の利益を破壊することに時間を費やす財政的犯罪と、革新され拡大した公共の利益の構築の可能性との間には、実にはっきりとした対立関係があることをお伝えすることになるでしょう。私たちはすでにこのような構造の中にいますが、私たちが後者を作ることは可能です。講演の後、みなさんはきっといくつかの疑問を持たれることでしょう。

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